中学受験ブームの”光と影”—難関校に受かった子と、いま受験中の子の親として思うこと

この記事を読むのにかかる時間: 244

中学受験の記事を読むたび、胸の奥がざわつく。今朝も「中学受験ブームの”光と影”——親の焦りが子どもを追い詰める」(東洋経済オンライン)という記事や、「東京23区の私立中進学率が、ついに減少へ転じた」(Yahoo!ニュース)という話題が目に入った。我が家は上の子が難関校に合格し、今まさに下の子が受験の渦中にいる。だから、これは完全に自分ごとだ。

「光」を経験したからこそ、「影」も見える

正直に言えば、上の子が第一志望に受かった日のことは今でも忘れられない。あの達成感は本物だし、努力が実る経験を子どもに与えられたことは、親として誇りに思っている。これは中学受験の紛れもない「光」だ。

でも、同じ道をもう一度、下の子と歩いてみて分かったことがある。「影」は、子どもより先に、親の側から忍び寄ってくるということだ。上の子がうまくいったぶん、「この子も」と心の底で期待してしまう。ただ、上の子と違い、なかなか成績が伸びない現実も受け入れている。個性、特性もあるので、受験に向いていないのかもとも思ってしまう。最近スイッチの入った妻に怒られている姿を見ると、「これは誰のための受験なんだろう」と思ってしまうこともある。

「親の焦り」の正体

プロ家庭教師が警告する「親の焦り」というのは、本当にその通りだと思う。ただ、焦りの正体は”教育熱心”だけではない。私の場合、それは自分の不安を子どもに肩代わりさせているだけなのではないか、と感じることがある。将来が見えない時代に、せめて分かりやすい「合格」という結果で安心したい——それは親の側の都合だ。

23区の進学率がピークを越えて減少に転じた、というニュースは象徴的だと思う。過熱の反動というより、「本当にうちの子に必要なのか」と立ち止まる家庭が増えてきた表れではないか。8連敗の末に深夜のどんでん返しで殻を破った子の話(毎日新聞)に涙する一方で、その物語を”あるべき姿”として消費してしまう危うさにも、私たちは自覚的でありたい。

2人目で、私が意識的に変えたこと

上の子のときの反省を踏まえ、下の子の受験では自分にルールを課している。

  • 模試の結果に、その場で感情を出さない。数字を見て一呼吸置く。子どもは親の表情を驚くほど見ている。
  • 「受かるため」より「なぜ挑むのか」を折に触れて話す。合格はゴールではなく、通過点だと親が思えているか。
  • 共働きの限界を認める。すべては見きれない。だから塾任せにする部分と、家庭で支える部分の線引きをはっきりさせた。

それでも、私は中学受験を否定しない

ブームの過熱には距離を置きたいと思う一方で、努力の経験そのものは子どもの財産になると信じている。大事なのは、受験を”親の作品”にしないこと。主語を、いつも子どもに戻し続けられるか——それだけだと思う。下の子の受験も、きっとまた一喜一憂するのだろう。でも、その一喜一憂を子どもに押し付けないだけの余白は、上の子が教えてくれた。あなたのご家庭では、受験の「主語」は誰になっていますか。


参考: 「中学受験ブームの光と影」(東洋経済オンライン)/「東京23区 私立中学進学率ランキング」(Yahoo!ニュース)/「中学受験で8連敗、深夜のどんでん返し」(毎日新聞)ほか、2026年8月。